2011-10-12 (via gkojax-text)
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“SF”
誰しもこの言葉に漠然としたイメージを持っていると思いますが、厳密には何を指しているのでしょう。
日本では、かつてSFを「空想科学小説」などと呼んでいましたが、次第に“SF”という呼称が一般的になり、少なくとも現在に於いては小説に限定されるものでもなく、広い見方をするのであれば、アニメイション、映画、ゲイムといったジャンルにもSF作品と呼ばれるものが数多く存在します。ですので冒頭ではあえて「SF小説」としました。
さて、SFとはご存知の通り“Science Fiction”の略です。SFは、物理学・生物学・天文学などの自然科学の理論を踏まえ、そこから現実には実現できていない理論(例えば、恒星間移動や時間移動)を編み出し、そこに冒険・謎解き・社会風刺・文明批評といった要素を織り交ぜることで構成されます。基本的な理解としては、SFは科学法則に縛られるものだと考えて差し支えないでしょう。もちろん、この定義はあくまで一般的なものであって、必ずしもこれに該当しないケースもあり、これが「SFか否か」という論争の引き金となることも少なくありません。
現在、SFと呼称されるものには「ハードSF」「ファンタジィ・フィクション」「スペキュレイティブ・フィクション」「スペース・オペラ」「サイバーパンク」といった、SFのサブジャンルと呼ばれる、より細かな分類も数多く存在し、明確な線引きが期待できるものではありません。云い換えれば、それは“SF”と呼ばれる何モノかが、ごくごく一般的になったことに他なりません。
「ハードSF」以外はSFではないと主張する排他主義的な人もいれば、「ファンタジィ・フィクション」まで幅広くSFと看做す寛容な人もいます(ファンタジィは必ずしも科学法則に縛られるものではないという認識があります)。SFファンが某かの作品を指し「コレはSFとは認めない」「アレはSFではない」としばしば口にするのは、こうしたSFについての前提が異なるからなのです。
SF(SF小説)の起源についても同様に厳密なものは存在せず、数多くの説が語られます。
極めて広い範囲で考えるならば、紀元前のギルガメシュ叙事詩や北欧神話などもSFに含まれるのかもしれないですし、あるいは、日本で最も有名な御伽噺『浦島太郎』もSFの典型と云うこともできます。また、16世紀のトマス・モアによる『ユートピア』もSFの原型と考えることもできるでしょう。
逆に極めてその範囲を狭めるならば、1926年に創刊された世界初のSF専門誌〈アメージング・ストーリーズ〉をSFの起源とする捉え方もあるかもしれません。
一般的な説としては、1818年の『フランケンシュタイン』(メアリ・シェリー)がSFの草分けとされています*1。そして同作以後、19世紀中には、1835年『ハンス・プファアルの無類の冒険』(エドガー・アラン・ポオ)、1869年『海底二万里』(ジュール・ヴェルヌ)*2、1895年『タイム・マシン』(H・G・ウェルズ)、1898年『宇宙戦争』(H・G・ウェルズ)といった名作が世に送り出され、謂わば近代(現代)SFの礎となります。
*1
人(ヴィクター・フランケンシュタイン)が神に代わって創造主となり、生命(怪物/人造人間)を誕生させるが、それは創造主を滅ぼす結果となってしまう(フランケンシュタイン・コンプレックス)。誤解されていることが極めて多いが、本来は「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく、「怪物」を創った科学者の名前であり、怪物そのものに名前は無い。また、怪物のイメージは、頭部は筒状で平たく、ボルトが埋め込まれたようなものを想像する人が多いだろうが、これは1931年に公開された米国のユニヴァーサル映画『フランケンシュタイン』(ジェームズ・ホエール監督)の影響が非常に強いためである。あるいは、日本人であれば藤子不二雄の『怪物くん』(現在は藤子不二雄丸A名義)のフランケンを思い浮かべる人も多いかもしれない。
*2
『新世紀エヴァンゲリオン』で知られるガイナックス製作の名作アニメ『ふしぎの海のナディア』は、本作が原案である。ところで、2001年に公開されたディズニー映画『アトランティス』のナディア盗作疑惑で世界中が騒然となったのを記憶している人もいるかもしれない。『アトランティス』もナディア同様にジュール・ヴェルヌの『海底二万里』をモチーフとしているはずだが、『海底二万里』には無いナディア独自の登場人物・設定・シナリオなどに酷似した部分が数多く見受けられたため、盗作疑惑が持ち上がった。因みに『ふしぎの海のナディア』が放送されたのは『アトランティス』より10年以上も前の1990年のことである。
一方、明確に“Science Fiction”という言葉を用い、文学的に、そして商業的に“SF”というジャンルを確立させたのは、ルクセンブルクより移民したユダヤ系アメリカ人のヒューゴー・ガーンズバックその人です。ガーンズバックは、これまで単純に「科学的な要素のある小説」として漠然と扱われてきたものを、ひとつのジャンルと自覚したのです。
先述したポオ、ヴェルヌ、ウェルズ、の書くようなタイプの小説、つまり科学的事実と予言的ヴィジョンを綯い交ぜにした魅力溢れるロマンスを“Scienti-Fiction”と呼称しました。
1926年にガーンズバックは、世界初のSF専門誌『アメージング・ストーリーズ』を創刊します。ここで、従来の“Scienti-Fiction”を“Science Fiction”に改め、本格的に「ジャンルとしてのSF」が確立されてゆくことになります。
SFの成り立ちについて長々と書き連ねてきましたが、つまるところ、SFの定義や起源は人によって考え方が異なるので厳密に線を引くのは不可能であるし、これを論じるのもまた楽しみのひとつであるといえます。但し、排他的にはならず、白熱した議論をしたいものです。
SFとは何なのか? « 西園達之 公式ウェブログ (via petapeta)
SFイコール『すこしふしぎ』
(via highlandvalley)
(via pinto)
275 名前:水先案名無い人[] 投稿日:2010/01/18(月) 14:06:39 ID:mdFQr2NqP
ときは8月、黒海沿岸の町。雨にぬれる小さな町は活気がなく、すっかり寂れていた。
人々は借金を抱えて苦しい生活をしているのだ。
その町へ、一人の旅人がやってきた。そして町に一つしかないホテルに入ると、
受付のカウンターに100ユーロ紙幣を置き、部屋を選ぶために2階へ上がって行った。
ホテルの主人は100ユーロ紙幣をひっつかんで、借金返済のために肉屋へ走った。
肉屋は同じ紙幣を持って養豚業者へ走り、100ユーロの借金を返した。
養豚業者はその紙幣を握ると、つけにしてある餌代と燃料代を払うために販売業者に走った。
販売業者は100ユーロ紙幣を手にすると、この厳しいご時世にもかかわらず、つけでお相手をしてくれる
町の遊女に返そうと彼女のもとに走った。遊女は100ユーロ紙幣を懐にしてホテルに走り、
たびたびカモを連れこんだホテルに借りていた部屋代を返済した。
ホテルの主人は、その100ユーロを受け取ると、紙幣をカウンターの元の位置に置いた。
ちょうどそのとき、部屋をチェックして2階から降りてきた旅人が、どの部屋も気に入らないと云って
100ユーロ紙幣をポケットにしまいこみ、町を出て行った。
誰も稼いでないけど、町中の誰もが借金を返し終わり、町は活気を取り戻した。
続・妄想的日常 - 100ユーロ紙幣 (via shayol) (via petapeta) (via yaruo) (via gkojax)2010-08-18
(via rosarosa-over100notes) (via mcsgsym)